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SNS戦略のトップランナー、ナカヤマン。が語る「インフルエンサー時代」の未来

今やファッション企業のマーケティング活動に不可欠になったSNS。「ジーユー(GU)」から「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」までさまざまなブランドのデジタル施策を手掛けてきたドレスイングの最高経営責任者(CEO)でありデジタルクリエイターのナカヤマン。は、SNS黎明期から活躍してきたこの道の第一人者だ。その彼がドレスイングの“完了”を決意したという。現在、影響力の大きいインフルエンサーを通じて情報を拡散するSNS戦略が主流だが、「2017年以降、市場は新たな転換期を迎えることになる」と語る。そこで、SNSの未来と、自身の施策について話を聞いた。

WWDジャパン(以下、WWD):ドレスイングを“完了”するというが、具体的にはどういうことか?

ナカヤマン。:ドレスイングは、ファッション業界に特化したデジタルエージェンシーとして立ち上げたもの。2007年の設立当時は水と油のようであった「ファッション」と「IT」を、どうしたら理想的に混ぜ合うことができるのかを追求するため、“ドレッシングする”という意味を込めた。17年5月30日でちょうど10周年を迎えたが、設立時にイメージした役割は全うしたと感じている。そこで、ドレスイングを“完了”しようと決めた。その代わりにロサンゼルスに会社を設立し、新たなステージに踏み出したところだ。整理がついたところでドレスイングはたたむ。昨年から考えて、悩んで、次の物語が見えたので、ようやく決断できた。

WWD:新会社については後ほど詳細を聞くが、まずはドレスイングでは何をしてきたのか総括すると?

ナカヤマン。:ドレスイングの流れが作れたのは08年。SNSのコンサルティング業務を開始したことが大きい。当時はツイッターの黎明期で、主なクライアントはマークスタイラー、ワールド、三陽商会などのアパレル企業だった。読者モデルがディレクターを務めるリアルクローズブランドが多く、彼女たち「個人」の発信力を「組織」に転換して、より「ブランド」へと進化するお手伝いをした。例えば、個人ブログ経由で形成されていた売り上げを、ツイッター担当などを設けて、役割、責任、規模に耐えうるスキームを構築した。12年にはウェブ制作の業務を開始。フランスの某トップラグジュアリーブランドから依頼されたバイラルキャンペーンが制作第1弾となった。すでにインフルエンサーを起用したもので、当社が得意とする「企画→制作→ローンチ→バイラル施策運用」というワンストップ型プロジェクト受託のスタイルを取っていた。その後2年で、ウェブ制作、アプリ制作、イベント用のデジタルインスタレーションの制作まで業務を拡大し、14年にはマスブランドの「ジーユー」とインスタグラム施策「ジーユー タイムライン(GU Time Line)」に取り組むことになる。

WWD:SNS上、特にインスタグラム上に投稿された画像をカタログのようにしてまとめサイトを作った「ジーユー タイムライン」は、インスタグラムの流行を先取りするとともに、“外に飛ばない”と言われるインスタグラムのビジュアルをECと連携した意欲的な試みだった。

ナカヤマン。:14年当時、インスタグラム市場はまだ超ニッチだったが、7年間SNSでメシを食ってきた立場として、何か先手を打っておきたいという予感はあった。ただ、早過ぎても結果が出ないリスクもある中で、インスタグラム市場の成長と共に「ジーユー タイムライン」が軌道に乗ったのは、完全に「ジーユー」の采配であり、チャレンジ精神にあったと思う。「当たり企画になるはず!」と、信じて施策を支持していただいた。結果、目的としていた「売れるデジタルカタログ」が実現し、今では世界中で起用されている「インスタグラムの投稿から直接買える」スキームの元祖となった。また、「ナイロン ジャパン」など雑誌の表紙やテレビ番組までをチャネルとして起用。デジタルプロモーションとしては例を見ない多岐にわたる展開ができた。当社とインフルエンサーとのコミュニケーションもこの頃から本格化し、共に成長してきたメンバーは、今ではラグジュアリーブランドのプロジェクトにも起用している。

WWD:ラグジュアリーブランドのクライアントが増えていった要因をどう分析している?

ナカヤマン。:これまで、「ルイ・ヴィトン」「グッチ(GUCCI)」「ディオール(DIOR)」などとご一緒しているが、15年後半から急速に変化してきた。インフルエンサーマーケティングの市場が全世界的に不可避なレベルまで成長したことが大きい。SNS事情は各エリアで異なるため、ローカルごとのデジタル戦略が必要になる。そんな中で、「リアルクローズブランドと試行錯誤を繰り返してきたドレスイングだけが、SNSに関して実用的なノウハウを持っている」とクライアントに言っていただけたことがある。結果的に“タイムマシン戦略”に近い流れができた。つまり、リアルクローズで培ってきたノウハウや戦略を、必要とされた瞬間から最新バージョンの状態でラグジュアリーブランドに投入できた。15年時点で制作のクオリティーもブランド本国のチェックに耐えられるレベルに達していたことも幸いだった。

WWD:今年1月の「ルイ・ヴィトン」の案件では、協業相手のチャップマン・ブラザーズのアートワークを元に、テーマであるアフリカの動物の世界に迷い込んだような動画を撮影できるインスタレーションを制作し、SNSで拡散されていた。

ナカヤマン。:「ルイ・ヴィトン」で制作したデジタル・インスタレーションもそうだが、一般的にコンテンツの中心にパワフルなアーティストが介在することは理想的だ。ラグジュアリーブランドの強みの一つに「アート」や「アーティスト」との結びつきがある。「グッチ」もアーティストとコラボレーションしているし、「プラダ」や、「ルイ・ヴィトン」を擁するLVMHグループ、「グッチ」「サンローラン」などを擁するケリングなどは、美術館を保有している。デジタルでも生きる最もパワフルなコンテンツの一つはアートだ。ラグジュアリーブランドが自らの強みとしてアートをコンテンツに用いることは、これからさらに増えるだろう。

WWD:良いコンテンツがあれば自然にSNS上やメディア上で拡散するものなのか?

ナカヤマン。:そこが難しいところで、単純にそうとは言えない。コンテンツを届ける「チャネル」は、テレビ、雑誌、イベント、ウェブ、SNSなど無数にある。マスチャネルというものはすで存在しない。だから、「どのチャネルを選ぶか」ではなく、「どうチャネルを組み合わせるか」という思考が必要。つまり「コンテンツ」と「チャネルの組合せ」が正しくないと良い結果は出ない。

WWD:ドレスイングでは、そのチャネルとして「街頭ビジョン」も使っている。

ナカヤマン。:15年にアレッサンドロ・ミケーレにクリエイティブ・ディレクターが変わったタイミングで、「グッチ」の渋谷ジャックを企画・制作した。渋谷のスクランブル交差点の大型ビジョンを全面使用し、その状態を相性の良い“ミツバチたち”、つまりバズを起こせるインフルエンサーらに日本全国に届けてもらう仕組みを作り、デジタルプロモーションに仕上げた。確かに、デジタルプロモーションのプロジェクトに、街頭ビジョン、テレビ、雑誌などをミックスして効果を最大化する点が、ドレスイングの一つの特徴だったかもしれない。

WWD:では、17年のデジタル戦略マーケットのキーワードと考えているものは?

ナカヤマン。:キーワードを挙げるなら「インフルエンサー」「コンテンツ」「ラグジュアリーブランド」の3つだ。国内はインスタグラム一強市場でさまざまな施策が実施されているが、露出を担保するだけで精一杯の施策も多く見られる。認知、理解、購買などを目的と考えた時には「失敗」に分類される施策も多いのではないだろうか。クライアントが「インフルエンサー」に期待するのは、ユーザーとブランドをつなぐミツバチ的な存在だ。このたとえで言えば、目的は受粉だ。花粉の運び方はミツバチ各々の個性に任せるという感じだろう。見落とされがちなのは、ミツバチの、文字情報ではなく。画像情報を運ぶ性質だ。この場合、受粉の確度は平均的には低い。実際「印象」くらいは生まれても「伝わる」ことは少ない。だからこそ企画が必要で、その一列が「コンテンツ化」、画像情報にメッセージを包含させる仕組み作りだ。そういう意味で「語るべき要素」が無数にある「ラグジュアリーブランド」は「コンテンツ」形成がしやすく、これからさらに強くなる。今後は当面、ラグジュアリーブランドの施策をお手本にリアルクローズブランドが施策を考えるという流れが増えるだろう。

WWD:インフルエンサーを取り巻く環境に対する変化をどうとらえているか?

ナカヤマン。:アカウントごとのエンゲージメント率など複数の数値指標が導入されるケースは増えてきた。当社も独自開発した解析システムを使っている。それに加えてシリコンバレーの某ベンチャー企業と、協業の可能性を議論している。彼らのサービスコンセプトや、ワールドワイド戦略の中での日本市場の扱いも聞いているが、性質や相性を含めて、データでインフルエンサービジネスが運用される日は近い。例えば金融業界ではすでに、アルゴリズムを基盤にした資産運用サービスがかなり良い投資効率を提供していたりする。インフルエンサーのアサインなどは、それに近い進化をたどると予測できる。そして、インフルエンサー自体もシビアに数値で評価されるようになる、という意味で、心構えが必要になる。加えて画像情報を運ぶミツバチの市場では、国境の概念が無視されやすい。実際、15年から兆候はあった。実は昨年4月、サマンサタバサジャパンリミテッドの寺田和正・社長にリリー=ローズ・デップやカイア・ジョーダン・ガーバー、サラ・スナイダーらの起用を提案したことがある。今年4月にサマンサ・ミレニアル・スターズがローンチしていたが、国内市場でどういう影響を及ぼすかはかなり興味深い。ミツバチとしての彼女たちに、しっかりした「コンテンツ」が用意できれば、今後のお手本になる事例が生まれるだろう。鍵となるのは「コンテンツ」。今後その傾向は急速に強くなっていくはずだ。

WWD:ドレスイングは“完了”するというが、ナカヤマン。はこれから何をしようとしているのか?

ナカヤマン。:まずは4月中旬から世界を1周してきた。これ自体は毎年恒例にしていることで、今年選んだ行先は、LA・サンフランシスコ・NY・ニース・カンヌ・アントワープ・ヴェネチア・アテネの8都市だ。今回の目的の一つは、米国法人スクリイム・ラウダア(5CREAM1OUDER Inc.)の設立だった。5月1日に設立したこの法人を今後の活動基盤とする。ドレスイングを「水と油を混ぜる」目的で作ったように、スクリイム・ラウダアでは「より広く伝える」、いわゆる「バイラル」をコンセプトにしている。

WWD:スクリイム・ラウダアではどんな仕事をするのか。

ナカヤマン。:16年10月にデジタル系のワールドワイド・カンファレンス「デコーデッド ファッション」に登壇し、ドレスイングのスキームを全てネタバラシした。実はその時点で進化版のイメージがあったからできたことだ。今回の世界1周では、その進化版に必要なベンチャー企業、クリエイター、アーティスト、アート業界の人材と会ってきた。今後、さらにコンテンツが重要になる時代に向けて、創作活動に力を入れ、よりアート領域まで踏み込む覚悟だ。カンヌでは実際にプロジェクトになりそうな話も生まれた。僕自身もクライアントワーク以外に、自身のアートプロジェクトを持つことになる。ドレスイングとは全く形が変わると思う。

WWD:活動拠点を海外に移すということか?

ナカヤマン。:いや、日本のクライアントも視野に入れた戦略だ。ある意味では国内クライアントに一番メリットが生まれる。新興サービスが英語圏から起こることを考えると、国内市場が“未来”にたどり着くにはいつも通り時間が掛かる。だから僕自身が変化の早い場所に身を置き、いち早く新しいサービスやイメージが活用・実行できるようにした。ドレスイングではSNSが超ニッチだった時代からリアルクローズブランドと真剣に取組んだことで、ラグジュアリーブランドに“タイムマシン戦略”を提供できた。スクリイム・ラウダアでも海外に片足を置くことで、国内で“タイムマシン戦略”を提供する。テーマは「バイラル×アート」だ。当社の国内クライアントにはコンテンツとチャネル両方の面で、多くのメリットを提供できることになるだろう。期待していてほしい。